2026/06/27 16:00

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作者プロフィール:
服飾パタンナーの母の影響もあり幼少期からピアノ、演劇など、あらゆる表現方法の経験をし、その中で絵の楽しさを覚え、はじめの転機は高校時代、画家でもあった美術部顧問の指導のもと、公募展への出展を重ね、多くの賞を受賞。作品は天王寺美術館をはじめ関西を中心に展示され、高校在学中には画廊から声を掛けられ初個展を開催した。17歳で初めて作品が販売され、その後も継続的に個展を行う。
しかし、周囲からの期待と自身の表現との間に葛藤を抱き、次第に自身の表現を見失い、18歳で制作活動を中断する。
大阪芸術大学建築学科在学中には建築を学ぶ一方で、宮大工の工務店に所属し、日本の伝統建築に触れる。また、独学でグラフィックデザインを学び、ロゴや広告制作など幅広いクリエイティブワークに携わった。
学生時代には、働く機会に恵まれない芸術大学生たちのために仲間と共に事業を立ち上げ、多くの若いクリエイターたちを支援する活動にも取り組む。その経験を通じて、既存の枠組みでは見落とされる「隙間」に価値を見出し、新しい可能性を構想することに強い関心を抱くようになる。
その後、人生の転機となったのは、戦後日本の裏面史に大きな影響を与えた「フィクサー」と称された人物との出会いであった。この出会いをきっかけに上京し、その人物を通して、政治、経済、権力、お金、メディア、人間関係など、それまで自身が知り得なかった社会の構造や価値観に触れ、多層的な現実認識を学ぶ機会を得て人生は大きく方向を変えていく。
以後、国内外の事業開発に携わり、東南アジアの起業家、政治家、軍関係者とのネットワーク構築や、新興国における市場調査、進出支援など、多様な分野で経験を重ねた。
一方で、自身の内側には常に「表現者として生きることへの未練」が残り続けていた。
現在は、友人が難病になった際に、知り合った特殊な整体師と出会い。整体師の進めもあり、様々な整体の手技を学び、整体サロンを運営し、人の身体と心に向き合う仕事を続けている。50歳を迎え人生を振り返ったとき、自分が最も正直でいられる瞬間が「絵を描いている時間」であることに気づいた。
約30年の空白期間を経て、2026年より本格的に制作活動を再開。
建築、デザイン、経営、海外での経験、そして特殊な環境の中で出会った数多くの人々との記憶。それらすべてを一つの人生の層として捉え、作品の中に再構築している。
18歳で止まった時間の続きを描くこと。
それが現在の制作の出発点である。
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